海苔生産地訪問記
有明海の不作はなぜ起きた 50年に一度の記録的不作についてまとめてみた 【後編】|創業100年の老舗海苔店四代目の海苔生産地訪問記
㊁伊藤海苔店、四代目 信吾です。
前編・中編に引き続きまして、海苔の記録的不作について執筆していきます。
2023年の記録的な有明海の不作を受け、多くの海苔販売会社は値上げにて対応しておりました。
実際にここ30年ほどは生産量が目減りはしていたものの比較的に安定して生産されていた海苔ですから、長期スパンで見るとあまり値上げなどをせず消費者の方にご提供できていたいた食品であった背景はありました。
しかし弊社におきましても海苔商品の全てを価格及び内容量の調整をさせていただき、2023年の3月より値上げをさせていただきました。
この期については昨年以降の原料(業界的にはヒネと呼びます)があるため、多くの販売者が過去の在庫を頼り商いをしていたと考えられます。しかし翌年以降についてはその業界的な在庫も枯渇するでしょうから、来期の海苔漁が奮わなかった場合には相当厳しい状況になることは覚悟せざるおえない状況でした。
弊社の本社所在地である市川市に全国海苔貝類漁業協同組合連合会(通称:全海苔)の本部がございます。当社から車で5分くらいの田尻という工場地帯にある場所なのですが、ここでは海苔生産期である11月下旬から3月まで毎週木曜に海苔の入札会=セリが行われています。
私は以前から見付場(みつけば)に出入りさせていただき、ここで海苔目利きを鍛えさせてもらいました。今年度から製造協力工場さんでもある木更津の海苔屋さんの社長と毎週実際に価格を決める入札場にも同席し、海苔の仕入れに努めました。
こちらの入札会では、全国の様々な産地の海苔生産者から海苔が持ち込まれ、各県単位の漁連経由ではなく独自ルートでの海苔を集めて全国の海苔入札が行われております。全海苔によって等級付けされ、その仕分けについても的確です。
この全海苔で入札される海苔の中で、多くの割合を占めるのが熊本県玉名市にあります大浜漁協で生産された海苔になります。
いつもお世話になっている御礼とご挨拶も兼ねて2024年この大浜にはじめて伺い、色々と勉強させていただきました。
3月初旬、海苔漁も終わりかけのお邪魔にならないこの時期に合わせて阿蘇熊本空港に降り立ちました。
熊本県の海苔生産
熊本県の漁業協同組合連合会は6つの部会に分かれて合計31の漁協で組織されています。
そのうち海苔生産に本格的に関与しているのは第二部会までの合計15の漁協です。北から荒尾市・玉名市・熊本市・宇土市の4市にまたがって海沿いに点在する漁協の集合体になります。
荒尾市の北側は大牟田市(福岡県)ですから、佐賀の太良からはじまり、熊本の宇土までぐるっと有明海を囲むように海苔生産が行われていることがわかります。
熊本市内で一泊し、写真を撮りたかったので朝早くホテルをでてレンタカーで出発。
熊本市内の中心部を熊本城を横に北西側に抜けるとまだ朝早いからか霧がまだ深い結構な山道にはいりました。せっかくなので海側を走りたいなと、海側に突っ切って走っていくと河内という名前を見つけ、ハンドルを左に切りました。
海沿いに入ると、漁港も見えたため少しお邪魔することに。
ちょうど海苔漁師さんが作業準備をされていたので、少しお話しを伺いました。
「今年は大変ね、販売者さんも。もう今年は終わりだろうね。うちは昨日終わったよ。他の漁場と比べてうちはあまり潮流がないけん、海に栄養がなくなってしまったね。本当はもっと良い品質の海苔を届けたいけど、海の状況がこれじゃあしょうがないね。」
23・24年度どちらについても佐賀・福岡と同様、熊本県での海の栄養不足は顕著でした。昨年の暴風もこのあたりの被害も大きかったようです。
残念ながら今年についても秋芽生産も芳しくなく、冷凍網が始まってからも良くない状況が続いていたとのことでした。
河内から車で10分ほど走ると今回の目的地の大浜です。
大浜漁協の海苔生産
熊本の北側に位置する玉名市は小岱山(しょうだいさん)を陸地側に背負い、海側に向けて干拓された平地が続く九州の有明海側に良く見られる地形です。
玉名市天水町は温州ミカンの生産地で、みかんの里とも呼ばれています。
大分県を上流とする一級河川菊池川の流出口でもあるこの地域では、北から岱明(たいめい)滑石(なめいし)大浜(おおはま)横島(よこしま)の4つの漁協で海苔生産が行われています。
大浜の海苔生産を管理する大浜漁協協同組合に伺い、日頃の海苔生産への感謝と御礼を。
組合長である木山さんと販売担当の方に生産施設などを見せていただきました。
漁協から生産施設までの道のりは護岸沿いを走りますが、海苔生産の様子も見えました。反対岸に長崎雲仙岳を望む壮大な景色です。
目の前に見えるのが長崎の雲仙岳、朝は雨模様でしたが晴れ間も見えました
漁港にはたくさんの海苔船が。海上の養殖施設までそんなに遠くない印象
大浜漁港から漁場までの距離もかなり近く、作業はしやすそうだと感じました。
そして漁場の横を流れる菊地川から流れ込む山からの栄養を大きく影響を受けるのがこの大浜漁協が管理する地区になります。
海上で摘採された海苔は、陸上の生産施設に持ち込まれます。
委託加工方式共同乾燥(通称:共乾)を大浜漁協では採用しており、海苔の生産者さんたちが生ノリを陸上の生産施設に持ち込み板海苔への加工を、漁協管理で行なっており、この大浜では平成21年度からこの方式を採用し生産者やその家族の負担を軽減し、後継者の育成にも努めてきた。女性の海苔漁師さんもいらっしゃるそうで、息子さんたちが跡を継ぐことが決まっている海苔漁師の家庭が多いそう。
海で摘採された生のりは一度こちらのタンクで掻き回されながら加工を待ちます
生のりをミンチにし細かくし、フィルターを通して異物除去をしていきます。木の枝や鳥の羽などが混じることが多いそう
パッと見なんの機械か分かりませんが、ここで生のりを整形し海苔簾に貼り付け、大型の乾燥機を使い海苔を乾燥して板海苔(いたのり)が生産されます
異物の最終的な確認は専用の器具などを使い、女性のパートさんで作業をされてらっしゃいました。この施設に対して、お二人での作業
こうやって海苔は板状にされ、入札を経て、我々海苔屋さんの手元に。
二次加工である乾燥工程と伸ばしを行い、海苔の焙煎をして袋詰めされていきます。
全国では47億枚と前年比とほぼ同数に対し前年を上回る1012億円の取引額。
有明海でも今年も苦戦を強いられ 25億枚 と昨年並みの不作。
平均単価は前年比で取引価格は21%上昇。
これは2022年と比較すると約80%の上昇となり、良質な海苔原料になると例年の三倍と言う価格も多く見受けられました。
今までの私の経験上、有明の海苔に限らず全国で生産された海苔が過去一番高値で取引されているのが現在の状況です。
海苔生産の今後
大浜ではもう1社のアポイントを取っていました。大浜地域プロジェクト株式会社という企業で、母体は株式会社丸光商事さんという建築資材販売や運送業などを営む会社が海苔の生産業として水産部を創設され企業として海苔生産に取り組まれています。グループの創業者のご家族が漁業権を持ってらっしゃったのも地域企業として海苔生産に取り組まれた一つのきっかけだそう。
この日は、地域プロジェクトの担当である吉田さんと、丸光商事水産部の工場長さんにご案内をいただきました。
大浜の生産施設のすぐ横にある。漁協の生産施設と同じような機械が並ぶ
実は大浜漁協さんの生産施設のすぐ真横にありますので漁協との関係性も強く、このもちろん丸光商事水産部で生産された海苔も大浜漁協の海苔として入札に出品されています。
海苔漁師さんは漁協が運営する生産施設に生のりを入庫し、板海苔にする加工賃や手間賃などを支払い板海苔の生産を行っているのに対し、丸光商事水産部は漁協の生産支援を受けずに自社施設で生産し、漁協に納めているというわけです。
工場長さんに教えていただきました。
「今ではこの丸光商事での生産枚数も増えてなんとか事業として成功しているけれども最初立ち上げた時は本当に大変で、色々上手くいかなかったこともあったんですね。企業としてやるからにはきちんと事業に投資した分は回収しなければいけないし、事業性がなくてはいけない。逆を言うと、海苔生産以外で得た利益を海苔の生産施設や効率化に投資することもできる。生産する機械も水と触れ合うからどうしても錆などで耐用年数は長くないから個人で頻繁に入れ替えるわけにはいかない。だから企業が海苔生産を行うことは海苔業界にとっても地域にとってもとても良いことだと思う。」
元々、企業体ではなく海苔漁師さんの個人事業主が持つ漁業権を使って、自身で摘採した生ノリを自分たちもしくは数人で運営する共同生産施設に持ち込む方式が取られている場合が多かった板海苔の加工。しかし海苔の生産施設はかなり高額。海水にも触れるため耐用年数も長くはありません。それほどの資金力を持っている個人事業者さんは中々少ないのが現状です。
そのため漁協もしくは漁連などが管理する委託加工方式共同乾燥施設の運用をする漁協などはかなり増えてきています。また地域の企業や海苔関連企業が加工者として生ノリの受け入れをし、共同乾燥施設として運用することによってより多くの生産を実現できるかと思います。
大浜漁協がそのような取り組みを行い、一次生産者である海苔漁師を後継ぎを目指す若者が多いことにもとても感銘を受けました。特にこういった海の海況が年々変化する中でそのようなお話しが聞けたのはとても嬉しかったです。
当社でも先代が生きている頃には海苔の二次加工から焙煎、袋詰めまで全て自社工場で完結していましたが、中々それも実現が難しく販売もしながら海苔の加工と焙煎はとてもではないですが大きな負担と労力が必要でした。そのため現在はいくつかの協力工場さんにお願いし、小ロットの袋詰めや加工などは自社工場内で行い、なるべく販売に注力するという生産効率の向上をここ数年でかなり注力し改善してまいりましたので、共感部分が多かったと思います。
3章と長々と書き綴らせていただきました。
近年の有明海の状況については、雨量が極端に少ない状況が続いたのでその影響が特に大きいかと思います。大きい台風も来なかった影響もあり、海が掻き回されなかったようですね。
ただそれ以外にも有明海に限らず全国の海で二枚貝(アサリ・タイラギ・サルボウ)などが減少している理由とされる、海中の貧酸素や海底の泥質の悪化なども海の環境に大きく影響していると考えられます。またこれらの状況は自然的に発生するものではなく、人的に影響を与えている可能性があるかもしれないと言うことも忘れてはなりません。
海苔が収穫できれば良い。ということではなく、海の本来のあるべき姿を取り戻すべきだと私は思います。
皆さんは、海の水はなぜなくならないのか?
って考えたことはありますか?
海の水は蒸発し、海上で雲になり大陸に雨を降らせます。
そうすると雨水が山や陸地から川を流れ海に水が戻ります。
その時に土や生活から出る窒素・リンなどが海苔養殖をする近海域に流れ込みます。
これが海苔の栄養となるわけですね。
つまり自然のサイクルの仕組みの中で海苔生産ができているというわけです。
やはり自然の力には逆らえません。
この2年の不作でとても心配ではありますが、もう少しこの状況を観察し、日本の海苔産業・日本の海に対して何ができるか私なりにもう少し考えてみたいと思います。