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三代目と四代目で紡いだ 創業100年目への歴史|創業百年史 海苔一筋 伊藤海苔店 後編

創業百年史 海苔一筋 伊藤海苔店

三代目と四代目で紡いだ 創業100年への歴史|創業百年史 海苔一筋 伊藤海苔店 四代目 伊藤信吾

 

 

三代目は海苔の焙煎職人

三代目雄康は数年の間に先代二人を失いましたが、前述しました大手問屋の破綻による連鎖的な苦境に陥る伊藤海苔店の再興に努めました。

両国から場所を移した市川の工場で海苔のホイロ(二次乾燥工程)から焙煎加工までを一貫して行い、袋に入れてシールをする。いわゆる海苔加工業を生業といたしました。市川市を中心として卸売の幅を拡げ、築地のお店は丸二の番頭であった親族に任せ、関東の寿司店や料亭・ホテルなどへと業務用の海苔販売をしていました。



若き日の三代目と四代目 銀座の中央通りで 1985年4月

有明海で採れる海苔にそのほとんどを切り替えたのは父でした。味はいいが端っこが欠けたり割れたりと有明海産の海苔は少し焼きづらく、東京の海苔問屋からはバチ(場違いの海苔もしくはチバの逆)などと批判される海苔だったようで、その頃に関東で流通する海苔の主流は東京湾か瀬戸内海だったようでした。
これが今から三十年ほど前のこと。

そして1995年の阪神大震災で瀬戸内湾岸のインフラが大打撃を受け、震災復興で湾岸が再整備されたことで飛躍的に浄水機能が効果を発揮したことで、思った以上に綺麗になってしまった海では以前のように海苔が思うように育たなかったと聞いています。

※いまでは海苔生産者さんの類まれな努力と、県でも対策を講じて工夫されていてとても良い御海苔が採れています。当社でも肉厚な瀬戸内、特に淡路島で採れるの海苔は太巻きなどの業務用に寿司店に推奨しています。



海苔の焙煎の様子をテレビ取材してもらった時 三代目

焼きづらい難点はあるものの有明海産の味の良さに惚れ込み、手作業で地道ですが自分で選んだ海苔を市川の工場で丁寧に焙煎をし、小売用としても少しづつ販売を始め一般の消費者の方にもとても美味しいと評判を得てまいりました。

海苔の焙煎機の前に座りながらじっくり一枚一枚吟味しながら海苔を焼く姿は、まさに職人でした。

父が好んだ焼き方は、乾海苔(ほしのり)の黒い部分がマダラにほんのりと残る程度の「甘め焼き」でした。ステーキで言ったらミディアムレアってとこでしょうか。磯の香りも感じることが出来、私もこれが一番美味しい海苔の焼き方だと思います。

柔和な性格であった父ではありますが、どちらかというと販売員として前に立ち積極的に販売をするというタイプの人ではありませんでした。

 

四代目は築地店の顔として

 

私、信吾は中学生頃の学生時代から、市川の工場の隣の母屋に住んでいましたし、年末には築地場外のお店に手伝いに出向いていましたので、海苔の仕事を間近で見る機会は多かったとおもいます。

製造から販売まで一連の流れを把握していた私は、この頃から作った製品を販売することの楽しみや年末の築地場外での接客、なによりも築地のカオスな雰囲気がとても好きでした。

社会人をしながら24歳の頃から、この頃勤めている会社が土日休みでしたので本格的に週に1度、一般のお客様が多い土曜日だけ手伝いを始めました。価格や販売方法、または経営に対しても積極的に助言することが多くなり、父と呑みに行っても早速仕事の話がはじまりこの頃から些細なことで喧嘩になったのをよく覚えています。



TBS Nスタ出演時の様子 四代目

26歳の時、不動産会社と医療介護サポート会社の2社に勤めながら、海苔の仕事に携わっていたのですが、2社の会社に別れを告げ本格的に伊藤海苔店に参入し、築地場外で販売員として店頭に立ちながら、仕入れの原料管理やパッケージの企画デザインなどの運営に関わる仕事をするようになりました。

2010年にすぐにオンラインショップを立ち上げ業務用だけではなく、小売用の販路開拓にも携わりました。2017年には海苔以外の商材を幅広く扱うため、新会社の立ち上げと新業態の2店舗の開業にも成功します。



TV TOKYO WBS 市場移転の際の新規お茶店舗の取材 四代目

父と子、同じ仕事をするなかで二人の商いに対する考え方は正反対くらい異なっていたのですが、海苔の目利きに関しては、仕入れの時は父と私でぴったりと意見が合うことが多く、父と私で海苔の仕入れをし、父が職人で海苔を焼き、私が販売をする、本当に良いバランスで伊藤海苔店の創業100年目の節目までの道のりはとても順調でありました。

 

突然の別れとこれからの伊藤海苔店

 

父 雄康が癌と発覚したのが2019年のはじめ頃のこと。
その前の年末から腰のあたりが痛いと珍しく弱音を吐いていたのを記憶しています。余命を宣告されながらも抗がん剤を投与しながら闘病を続けていたのですが、半年経った10月には脳梗塞で倒れました。
そして、そのまま意識が戻らず2019年11月に66歳で一生を終えました。

8月の暑い時期まで海苔を焼いていましたが、一生懸命な姿に私も「やめろ」と伝えることはできませんでした。本人もこれが天命だと悟っていたようでした。

創業100年を前にした伊藤海苔店のこと。母との老後のこと。色々と話したかったですし、何よりもその年の12月に予定していた初孫(私の息子)の誕生を何よりも楽しみにしておりましたから本当に残念でした。

今では、私は海苔の焙煎を担当するのではなく、市川に本社を移す以前からとてもお世話になっており、海苔原料の管理や乾燥工程を御願いしている千葉県の海苔加工業者さんに、雄康の海苔の焼き方を再現していただいて頼もしいパートナーとして日々焙煎加工していただいて市川本店までお運びいただいております。



千葉県木更津の海苔焼工場の様子 焼き具合をチェックし一枚一枚丁寧に焼き上げている

伊藤海苔店の社歴を改めて振り返り思うことがたくさんございました。

初代知世から二代目三代目、そして私へと受け継がれた海苔の目利きや海苔の焙煎技術、先代たちが紡いでくれた色々な方との信頼関係。これが今ある伊藤海苔店の礎となっております。

そして当店の海苔をいつも召し上がっていただいているお客様たちのために、初心を忘れず、当社のこと・当社が選んだ美味しい御海苔のこと。私ができる限りを世の中に一つ一つ商いという形でお伝えしてまいりたいと思います。

海苔が市場で入札という形で公平に取引されるようになった現在は、海苔の生産者から直接海苔を買う浜買いはタブーとされておりますが、初代知世が江戸前の海苔漁師と接していたように、私も生産地のこと・生産者のことを大切に想いながら海苔の商いをしてまいります。

運営する他ブランドの商いとも統合して、国内の若い方や海外のみなさまにも正しく海苔の美味しさや日本食の素晴らしさを伝えていけたらとも思います。

オンラインショップもおかげさまで多くのお客様に支えられ約10年続くことが出来ました。2021年11月、より見やすくよりお買い物がしやすいようにリニューアルいたしました。

これからも美味しい御海苔をご提供できるようスタッフ一同、誠心誠意、正直に、海苔商を続けさせていただきます。

今後とも伊藤海苔店を何卒よろしく御願い申し上げます。

 


 

海苔一筋 創業100年

美味しい御海苔をご家庭へ

理念

◆海苔を通じて「美味しい」を世の中に届けること。
◆海苔に関わる全ての人が喜ぶ商いであること。
◆人から人へと想いが伝わる商いであること。

 

㊁伊藤海苔店 四代目 伊藤信吾



築地場外市場店頭 三代目のイラストが入ったパッケージと 2021年10月30日撮影 

 
美味しいお海苔といえば! 築地 伊藤海苔店

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